プロフィール

初めまして!

あずさです。

一体どんなやつが

このブログを書いているの?

・・・・と思っている方も

いらっしゃると思うので

自己紹介をさせてください。

あずさ/WEBマーケッター、激務事務OL

子供の頃から見えっ張りな性格で、常に人からどう見られているのかを気にしていた。
見えっ張りな性格から、誰でも知っている大企業に入りたくて、
職種・業界に拘らず、大企業のみ受けて、地元の大企業へ就職.事務職となる。

事務職=簡単で楽な仕事。毎日定時で帰れる。と思っていたが、入社初日に先輩達が毎月40時間以上残業時間していることを聞き、打ちのめされる。

元々、単調作業が苦手で、自分のペースを乱されるのが嫌いなマイペースな性格も幸いし、 事務職が合わないと入社早々に気が付くも、「3年頑張れば自分でもできるようになる」と信じ、毎日トイレで泣きながら耐える。

そして、3年がたち、相変わらず月末月初の経理作業が苦手なままだったが、業務知識がつき、1人前としてこなせるようになった。この頃には特定の業務分野で支店1詳しくなり、先輩や営業マンに教えれたり、他支店から相談をされるレベルになった。

着実に業務経験を積んでいく一方で、仕事のやりがいを見出すことができなくなり、生きるためだけに働くということに疑問を感じ、さまざまな自己啓発に取り組むも、どれも長続きしなかった。

そんな中、2018年に結婚。結婚を機に、現在の働き方への疑問と夫婦で夢を叶えて幸せに過ごしたいという想いが深まり、ビジネスをすることを志す。ビジネスを学ぶことで今まで当たり前だった出来事も、見方が変わるようになり、毎日が楽しくなり、夫婦でのコミュニケーションも増えた。

「ビジネスを学ぶことで、夫婦で夢を叶えて幸せな人生を送ることができる人を増やしたい」

ということを思って情報発信をしています。

夫婦で夢を語り合い、夢に向かって進んでいける人たちを増やしたい

私は超安定志向で、みんなに「すごい」と言ってもらえる、良い学校・良い会社に就職し、バリバリ働いて結婚して、キャリアウーマンになることが夢でした。
途中、挫折も味わいつつ、学生時代に描いていた形とは違えど、
バリバリ働くOLになっていました。

毎月、40時間越えの残業は当たり前。
深夜2時すぎまで働いたり、毎週休日出勤したり。 
家と会社の往復の毎日。
それでも学生時代に思い描いていたキャリアウーマンに近づけている気がして、
嬉しくてひたすらこなしていました。

そんなある日、身体と心が限界を迎え、適応障害と診断されます。
「この会社で長く働き続けることはできない」
そう悟りました。
けれども、生活するためには働く必要がある。
ニートなんて恥ずかしくて周りに言えない。
ずっと悶々としていました。

           

そんな中、縁があって今の主人と知り合い結婚することになりました。
職場も新居から通えるため、そのまま続けることにします。


しかし、慣れない家事・残業に加え、思い通りに使えないお金と時間に疲弊し、
あれほど憧れていた新婚生活は辛く苦しいものになりました。
そんな中、1通のメルマガにより、ビジネスを学ぶことになります。

ビジネスを学ぶことにより、日常の何気ないCMが思わず買いたくなるような
よく考えられた戦略だったり、
娯楽だと思っていたゲームが超すごいビジネス市場だったり。
こういうことを学んでいくうちに毎日が楽しくなり、
主人とも会話が弾み、 

夫婦として今後の働き方や将来の話もさかんにするようになりました。

そして現在では、将来の話をしつつ、お互いが自分にできる手段で
夢に向けて進んでいます。

ビジネスを学べば、夫婦で夢を叶えることができる

ということを、今働き方に悩んでいるあなたに心から伝えたいです。

私は昔からミーハーで、いろいろなことに興味を持つタイプでした。
に乗れば人間観察をついしてしまうし、
スタバに一人で行くと、
隣の席の女子たちの会話に思わず気を取られてしまうことも・・・
(悪趣味とは言わないでくださいね)
いろいろなことに興味があるにも関わらず、
「ビジネス」というだけで敷居が高くなり、
平凡すぎる私にはできないことだと思っていました。


しかし、一人の師匠のおかげで
「ビジネス」という敷居が低くなり、ビジネスを学ぶ」ことでより毎日が楽しく、
主人ともより良いパートナーシップを気づくことができました。 

だから、ビジネスを学ぶことにより、いい仕事をして、いいパートナーシップを気づき、豊かな人生を歩んでくれる人を増やしたいと思っています。

そして、そんな人に囲まれて仕事ができたら私自身も幸せだなと思います。

・・・という理念があって、このブログやメルマガを発信しています。

このブログでは、

  • ビジネスを学ぶとパートナーとも上手くいくこと
  • 自分に合っているキャリアや働き方の見つけ方
  • 日常の中で使えるビジネスの知識

などを、私の体験から惜しみなく伝えていきます。

ぜひ興味のある記事からどんどん読んでください。

いいなと思う記事や質問があれば、ぜひ気軽にコメントやメールを送っていただけると嬉しいです(^^♪

そしてここからは先は、

もう少し詳しく、私の人生の物語をお話しします。

30年間、超安定志向でチャレンジできずいつも大多数の意見に流されていた女性が、

自分らしい働き方を見つけ、毎日が楽しくなったストーリー。

きっと共感することがあると思うので、ぜひ続きを読んでください(^^♪

私が歩んできた人生

姉のマネばかりしていた子ども時代

2人姉妹の末っ子として産まれ、大事に育ててもらいました。
姉妹、どちらもわけ隔てることなく、可愛がってもらっていたと思います。

とにかく姉の後について歩いている子でした。
姉がやっていることは自分もできると思い、
ピアノ、水泳、習字、学習塾・・・
姉がやっている習い事は全てやらせてもらいました。
姉のマネをして、やっているから習得するのは早く、

ピアノは姉が練習している曲を暗記して、
完璧に弾き、母親を驚かしたことも。

ビジネスの世界だと、成功者のマネをするのが一番の近道と言われています。
私が尊敬する先輩方のマネをすることが、
成功への一番の近道ということに納得をしているのは、
幼少期のこの体験があったからかもしれません。

近所に同級生がおらず、地元の幼稚園ではないところに通っていたため、
友達と遊ぶことがほとんどなく、いつも両親や姉に遊んでもらったり、一人遊びしていました。

しかし、小学校に入り状況が変わります。

近所に同級生が全くいないことに加えて、クラスの9割以上が地元の幼稚園の卒業生でしたが、私は地元の幼稚園ではなかったため、ほぼ誰も知らない状況で小学校に入学しました。

見えっ張りな性格が幸いし、自分が一人ぼっちということを認めたくなくて、話しかけることができす、友達ができませんでした。


グループで工作をする時間に一人になってしまったことも。あの時は今も鮮明に覚えているくらい悲しかったです。

そんな中、徐々に友達もでき、
(今思えば、一人の私を心配して、担任の先生がクラスの優しい子たちに声をかけてあげるように取り計らってくれたのだと思います)
楽しく生活していましたが、どうしても苦手なことがありました。

それは、男の子と話しをすることです。
どう接していいのか分からず話しかけられても固まっていました。
それに加えて、外見のことや両親の仕事のことなどをからかわれ、さらに苦手意識が高まりました。

今思えば、いじめられていたわけではなく、
純粋にからかわれていただけでしたが、
当時は本当にイヤでしたね。。。

周囲の目を気にしすぎた中学時代

そんな感じで、相変わらず男の子が苦手でしたが、思春期に入りさらに拍車がかかります。
委員会の先輩・塾で知り合った他校生の子など小学生時代に比べて、
男の子と関わる機会が増えます。
けれど、やっぱり男の子と話しをするのは苦手でした。


けれども、当時は誰かと付き合うというのが大ブーム。
学年のイケてるかわいい女の子たちは、
軒並み誰かと付き合って、別れての繰り返しをしていました。


彼氏がいる=イケてる女子という構図が成り立っており、
見えっ張りな性格の私はどうしても彼氏が欲しかったのです。

男の子と話すのは苦手でしたが、委員会などでよく一緒になり、
比較的よく話せる子と中学三年生のときに付き合うことになりました。

この子と付き合えることよりも、
彼氏がいるイケている女子になれたことが嬉しくて、浮かれていました。

けれど、中学三年生・・・受験生です。
浮かれていたため、成績が伸び悩み、希望する学科に入れるかどうかが怪しくなってきてしまいました。


そのため、勉強に専念すべく、めでたくできた彼氏とはお別れします。
別れたけど、彼氏がいたことには変わりがないため、
自分はイケてる女子だと思っていました。

暗黒すぎた高校生時代

そんなわけで、彼氏もいた経歴があり、そこそこ勉強もできて、
自分をイケてる女子だと思い込んでいた私は意気揚々と高校デビュー。
とはならず、最も面白くない時間を過ごすことになります。


高校に入ると、頭が良くて、可愛くて、スタイルが良い子がクラスの中心となります。
それなのに、私は受験太りで顔はパンパン。顔面ニキビとクマだらけ。

子供の頃からこの高校に入ることが成功だと教え込まれてきたため、
中学生までは必至に勉強をしていました。
けれども、希望の高校に入れ、勉強に対しての意欲を全くなくしてしまいました。
そのため、テストではいつも赤点。
一応、勉強はするのですが、全然頭に入ってきませんでした。

  • 容姿もブサイク
  • 勉強もできない

というイケてる要素0の状態で、イケてる女子グループには入ることができずむしろ、
白い眼で見られ、彼氏どころか友達もできませんでした。
進学校だったので、勉強ができる子がすごいとされ、
できない子はバカにされていたのです。

勉強ができなくても、容姿が可愛ければよかったのですが、
両方もっていない私は最悪だと言われていました。

一人、なんとか友達ができましたが、
私の容姿や名前をバカにしたり、
勉強ができないことをバカにするマウント女子でした。
一緒にいるのは苦痛だったけど、

見えっ張りだから一人ぼっちと思われたくなくて、我慢していました。

今思えば、そんな思いをしながら過ごすのであれば、一人で過ごすか、
高校にいかないという選択肢もあったと思うんですけどね。

受験シーズンになると、自宅勉強の時間が増え、
この子とも会わなくなり本当に嬉しかったです。


大学入学が決まると、そそくさと引っ越しをしてしまい、
この子とはそれきりとなりました。

何をしてもダメ。どうせ自分はできない。
この感情が染みつき、誰かに認められたいという気持ちが強くなりました。

ゼミで人生が変わった大学時代

高校時代の友達から逃げるように、京都の大学に進学します。
高校時代の苦い経験を生かすべく、大学デビューを図ります。
CanCamという雑誌を片手に美容院に行き、
メイクをし、コンサバな服を買い揃えました。

買い物したり、友達と飲みに言ったり、バイトしたり。
普通の大学生と同じように楽しんでいましたが、
心のどこかで「就活で喋るネタもないなぁ。私、このままでいいのかな?」
という漠然とした不安がよぎりました。


そんな中、3年生でのゼミ選択で人生が変わります。
私が卒業した学科は、少し特殊で1年生の時からどこかのゼミに所属します。
短大から3年次編入した私は、ゼミを選択しなければいけませんでした。

ゼミ紹介のパンフレットを見たとき、
1つだけ書いてある内容がよく分からなかったど、
面白そうというゼミがあり、そこに希望を出します。
けど、面白そうだけで入ったゼミはそんな甘いものではありませんでした。

ビジネスに関することを勉強するゼミだったのですが、どんなイベントをするにも実行委員を募り、企画書を書き、先生やゼミ生に承認をしてもらう必要があります。
だから、ゼミの飲み会にも企画書を作ったりしてました。笑
企画書作るために、皆でミーティングルームや、
図書館の会議室に毎日何時間もこもってました。

私以外は全員、1・2年生からの持ち上がりなので、
企画書などもやり慣れているし、全員仲が良い。
馴染めなくて、ぼっちでした泣。。。
「こんなことやるなんて聞いてない!なんで皆仲間に入れてくれないだろ。こっちは一人なんだから、もう少し気にかけてほしい」って毎日思ってました。


ゼミが嫌すぎて、ズル休みした時もありました。
そんなことしているから、当たり前だけど状況は良くならないんですね。
このままではずっとゼミ生と馴染めず、楽しくない大学生活になってしまう。
意を決して、ゼミを本気でやろうと決心しました。

ミーティングは必ず、遅刻をせず、全出席。
予め議題になることの予習をしておき、ミーティングで積極的に発言をする。
こういうことを積み重ねていくうちに、
少しづつゼミ生にも認めてもらえ、ゼミ活動が楽しくなります。

こうして、ゼミ活動が楽しくなってきた私はゼミ内体育祭の実行委員に立候補し、
無事成功させます。

人のせいにしては、何も変わらない。選んだのは自分だから、責任は全て自分にある。

ゼミ活動で私が学んだことです。

あと、淡々と事務作業を行うよりも、
何かを作り出すことのほうが楽しい。
同じ志を持った人と何かを行うことは楽しい。
好きなことであれば、夢中になって作業ができるということもゼミ活動を通じて、
気づいたことでした。

しかし、そんな楽しかった大学生活も終盤に。
苦しい苦しい就職活動を迎えます。

まさか私が事務職に!?苦しい就職活動と若手社員時代

ゼミ活動に打ち込む一方、就職活動が始まりました。

かなり早い段階からセミナーなどに通いつつ、
”将来やりたいこと”なんてとくに無かった私。

大苦戦をしながらも、就職活動を終えれたのは、
大学4年生の7月終わりでした。

ぶっちゃけ”皆が知っている大手企業
と”潰れない会社”であれば、
業種など関係なくどこでも良いと思っていました。

姉が就職した中小企業が経営が不安定・残業代が出ない
超ブラック企業で憔悴しきっているのを
目の当たりにしていたので、
同じ思いはしたくなかったのです。


それと、見えっ張りなので
みんなに”この会社で働いているんだよ”と
自慢したかったのです。

”やりたいこと”が見えない中、
なんとかそれっぽく志望動機を書いて
エントリーシートを提出する日々。

けど、企業の人事もプロですから、
「この業界やこの仕事がしたい」
なんて私が思ってないことは一瞬で見抜いてしまうんですよね。
当然のことながら、全く内定をもらえませんでした。

こうして、また
”自分は何もできない””何をしてもダメなんだ”
とまた自分を嫌いになりました・・・。

ただ、「就職しない」という選択肢はありませんでした。

なぜかというと、
正社員以外=社会の一員として
みなされないと思っていたからです。

当時、新聞やニュースなどで度々、
20代の若者の派遣社員やフリーターやニートの特集が組まれ、
正社員が最も偉い。
正社員が一番安心

という概念を植え付けられていたからです。
そして見えっ張りな私には、周囲に正社員ではないという話をするのは
耐えられないと思ったからです。

追い詰められた私は、地元では有名な大企業の事務職(一般職)を受けます。
そして奇跡的に内定をもらいました。

事務職が向いていないということは、
大学のゼミ活動の中で漠然と分かっていましたが、
事務職=残業なくてラクそう
3年も頑張れば、向いていなくても仕事はこなせるようになるだろう
と楽観的に考えていました。
ここできちんと調べたり、
考えればもっと今後の人生変わったかもしれないのに・・・
一刻も早く就職活動を終えたくて、内定をもらった会社に就職します。

就職した会社はどんな会社なのか?
というと、いわゆる超安定経営のオーナー会社で、
地元であれば誰でも知ってる会社です。
いろいろな事業やグループ会社を多数保有しているため、
地元に居れば、1日に1回は会社のロゴマークを見ている状況。
リーマンショックのときも、
ほとんどの会社が減給される中、
給料もボーナスも減給されず例年通り支給されていました。

ここまで読めば、とても良い会社だと思ってもらえるかもしれません。
実際、就職が決まったときには家族はとても喜んでくれ、
祖父は近所の方たちにも言いふらしていました(笑)

けど、実際はオーナーのために身を捧げて働くことを美徳とする
古すぎる体質の会社でした。

私が配属された支店は、できてまだ数年。
これから営業拡大を図っていかなければいけない支店でした。
そのため、常に人員が足りず、
正社員の月40時間以上の残業は当たり前。
売り上げも少ないので外注化することもできず、
社員の残業や休日出勤で賄っていました。

それでも,
会社の役に立っている
休日出勤してまで仕事している自分ってキャリアウーマンみたいでカッコいい!
と本気で思っていました。
なので、私も毎月40時間以上残業し、
多いときは毎週土曜日も休日出勤して、
月の休みは4日ほどのときも。

そのかいあって、
特定分野の案件については、
支店一詳しくなり入社3年目にして、
社内でも注目の新規案件を任せてもらえるように。

仕事が楽しい!
私でも会社の役に立っている!

と実感でき、忙しすぎたけど毎日が楽しすぎました。

責任と激務に押しつぶされたアラサー時代

いろいろな知識を得たり、
時には失敗を経て、
着実にこなせる仕事は増えました。

支店として、売り上げはどんどん伸びていき、
仕事は増えますが、人員は変わらず。
どんどんやれる仕事が増えていくにつき、
仕事量と責任だけが増えていきます。
段々と仕事が上手く回せれなくなり、
お客様や社内からクレームを受けることが増えていきました。

一つ一つ、丁寧に対応したい。
けれども、どうしても時間がなく、
その場しのぎの行きあたりばったりな対応になってしまったり、
ミスを連発し、
「やっぱり私は事務職が向いていないんだ。」
「仕事楽しくないな」

と思う時間が増えてきました。

20代前半の頃こなせていた、


月40時間以上の残業や休日出勤が辛く、
休みの日はベットから起き上がるのがなかなかできず、
ぼーっとスマホをベットの中で見ている時間が増えました。


しまいには、
仕事中に吐き気と涙が止まらなくなり、
仕事にも支障をきたすようになり、
通院した結果、「適応障害」と診断されました。

この時、
「ずっとこの職場で仕事をし続けるのは厳しいかもしれない」

初めて自分の頭にそうよぎりました。
今までも辛かったことは沢山ありますが、
「本当にやめたい」
「もう疲れた」
とこの時心底思いました。

そして、
「もう、働きたくない。結婚して寿退社したい」
と安易な考えに至ります。

結婚できない女

「仕事が辛いから、寿退社したい」と考えた時、
周囲は結婚ラッシュで、
気が付いたら、同期の半数が次々と結婚していきました。
見えっ張りな私、他の人よりも結婚が遅いなんてありえない。
なんとかこの波に乗りたいと思い、慌てて婚活を始めます。
誘われる合コンは何がなんでも全て行き、
あらゆる人に紹介をしてもらいました。
地元の友達、行きつけの美容師さん、会社の同期。
けど、まーったく彼氏ができませんでした。泣 

CanCamのモテ服特集・モテ本、恋愛成就に聞く神社やお寺などのパワースポット巡り、
モテコスメなども片っ端から試していました。

今なら、なぜ彼氏ができなかったかはよーく分かります。
この辺は別の記事にて紹介できれば(^^♪

やるべきことはやっているのに、どうして私は結婚できないんだろう?」

本当に悲しくて、惨めで。
仕事も恋愛も何もかも上手くいかない。

このまま一生一人かも知れないと思い、
寝れなくなってしまうことも。
3年以上、婚活の海を彷徨っていました。

そんなときに、たまたまネットで検索をして、
一人のOLブロガーさんに辿り着きます。

初めて副業・女性起業家を知る

たまたま、ネットサーフィンをしていて、
知ったOLブロガーさんは主に節約と副業について
情報発信をされていましたが、
たまにモテや恋愛についても発信をされていました。
同じ事務OLで手取り17万という境遇も似ていて、
気になってブログを一気に読み漁りました。
そこで副業という言葉と、
恋愛コンサルタントをされている女性起業家の方の存在を知ります。

当時、本当にモテなかったので、
OLブロガーさんが紹介されていた、
恋愛コンサルタントさんのことが気になりますが、
恋愛をお金を払って教えてもらうなんて発想はなく。
「詐欺だったらどうしよう」
「恋愛コンサル受けているなんて、周りに知られてバカにされたらどうしよう」

と怖くて、ブログやメルマガなどはチェックしていますが、
サービスをすぐに申し込むことはできませんでした。

けど、節約や副業については、
すぐにでも真似ができることばかりで、
損することはない。
ダメでも、他の人にも迷惑はかからないし。
婚活もデート代・洋服代などでお金がかさんでいたので、
ブロガーさんがおススメする節約方法やお小遣い稼ぎを少しづつ実行し、
数カ月で1万円収入を得ることができました。
この経験で
「すごい、本当にお金を稼げた!」
と驚きました。
そして、
「このブロガーさんがおススメしているのであれば、安心かも
と思い、恋愛コンサルを受けることにします。

恋愛コンサルの効果は絶大で、
コンサル期間から1カ月後、
3年ぶりに理想通りの彼氏ができ、
お付き合い開始から4カ月でプロポーズを受けます。
恋愛コンサルから学んだことは、
別の機会にお話ししたいと思います(^^♪

幸せではない結婚生活

恋愛コンサルを受けたことで、
無事結婚でき、超幸せ~って思っていたことも束の間。
全然幸せではない生活が待っていました。
元々、寿退社をしたくて婚活していましたが、
恋愛コンサルを受ける中で、
片方だけの収入に頼ることのリスク
元々、家事が得意ではないということを踏まえ、
とりあえず働いてみようという考えに至った私は
そのまま、働くことを選びます。

今まで一人暮らしをしたことがなかった私は、
生活していくためにどれだけお金がかかるのか、
家事をこなすのにどれだけ時間がかかるのか
ということが分かっていませんでした。
二人で働けば、かなり余裕のある生活ができると思ったのに、
実際はそんなことはなく。

完全に私の読みが甘かったのですが。。。
元々、主人はいわゆるハイスぺと呼ばれるタイプではなく、
貯金もほぼ0に近い状態でした。
(厳密に言うと、車の車検代や買い替えのために、積立をしており、
生活費と積立でほぼ消えてしまっていた)
そんな状態だったので、
結婚式の見積もりを義理母に伝えたとき、
「そんなお金どうやって捻出するの?」と怒られたことも。
一生に一度の結婚式なのに、やりたいことができない。
今までお金に困ったことがない私には、
本当に衝撃的でツライ出来事でした。
今思い出しても泣きそうです。。。
けれど、お金にまつわるエピソードはこれだけでは終わりません。

ハネムーンにどこに行くかということになった時、
主人から
「旅行にこんな金額を使うなんてもったいない」
と言われてしまいます。
幼い頃から、ハネムーンは絶対ヨーロッパを周遊すると決めていた私。
けど、金額を見た主人から
「車が帰る値段じゃん。一瞬の旅行のためにこんな大金使うなんてもったいない
と言われてしまいます。
その時、車の買い替えも差し迫っていましたし、
今の主人を見ていれば、
ハネムーンに反対したわけではなく、
行先を変えようと言いたかっただけなんだということは分かるのですが。
当時はハネムーンを行きたくないと言われていると理解し、
大げんか。
結局行先を変えて、楽しんできましたが。

結婚式の見積もりの件とハネムーンの件で、
私の節約魂に火がつきます。

片っ端から節約ブログや主婦向けの雑誌を読みまくり、
実践していく日々。

スーパーでは特売品しか買わず、
どんなに朝早くても、
朝ご飯やお弁当を必ず作っていました。

休みの日は買い物・作り置きに追われ全くプライベートな時間は皆無。
冷凍食品・インスタント食品は高いし、
使わないでおこうって本気で思っていました。

毎月予算内で終わらせたいのに、
想定外に洗剤を買われたりして喧嘩していたこともw
残金が気になって、大好きだった化粧品や服も気持ち良く買えなくなりました。

少しでも安いスーパーを探し、
会社から遠くても駆け込んだり。

一からご飯を作っているからクオリティーの割に時間ばかりかかってしまい、
平日はご飯と寝る以外に
ゆっくり椅子に座ることができなくなっていました。


「毎日ヘトヘト。もう嫌。限界だ。」


主人は家事に非常に理解があり、
掃除・洗濯・ゴミ出しなどご飯に関係すること以外は
ほぼ全てこなしてくれていました。
けれども、本当にお金も時間もなさ過ぎてツラかった。。。

「こんなに頑張って働いているのに、どうしてこんなに苦しい思いをしているんだろ?」

「結婚しても全然幸せじゃない」

日に日に不満が募っていき、
挙句の果てに、
「主人のお給料がもっと高ければこんな生活しなくてもいいのに」
と怒りの矛先が主人に向いていき、
度々険悪な雰囲気になったことも。

「何もかも投げ出して、自由になりたい」
「主人と楽しい生活をするために結婚したのに、どうしてこうなってしまったんだろう」

そんなときに、一通のメルマガが目に留まります。

平凡なOLがビジネスを始めた理由

私に届いた一通のメルマガは、
かつてOLブロガーとして活躍され、
私に副業と恋愛コンサルというサービスを教えてくれた方でした。

その方が、結婚後にOLをやめ、
起業されたことは知っていましたが、
起業=キラキラした華やかな世界=自分には関係のない世界
と思い、OL退職後にどのような活躍をされているのか知りませんでした。

そのメルマガには、正しくビジネスを学べば

・PC1台でどこでも仕事ができる

・寝ていても、旅行に行っていても収入が入ってくる

・月に何百万も稼いでいる

と当時の私には不思議なことが書かれていました。
当時の私は、
収入が高い=仕事をしている時間がとても多く大変と思っていました。
実際、恋愛コンサルでも、
日本の場合年収1,000万以上の人はかなり少なく、
かなりのハードワークだと聞いていましたし。

めっちゃ怪しい。。。
私は起業したいわけではないし。
起業する人って、MBAとか取得して、
もっとギラギラした野心家の人がするものだろうって思っていました。

けれども、この方はOLブロガー時代から知っているけど、
ギラギラした人ではないし、MBAなども取得されていない。

その方のブログやメルマガを読めば読むほど、
ありえないことにビビり、
一度ブログを閉じるけどまた気になって次の日の読んでしまう。
そんな繰り返しでした。

自分と同じ事務OLが出来たなら、私にもできるかもしれない!

この方のメルマガやブログをきっかけに、
会社員としての働き方に限界を感じていた私は、
インターネットを使って個人で起業する道を選びます。

そして、私がビジネスに打ち込む姿を見て、主人も応援してくれるようになり
更に家事をこなしてくれ、私がビジネスに時間を使えるようにしてくれるように。

この頃から、「何年後にはこういう生活したいね」とか
「趣味のゲームの世界大会に行くがてら、海外旅行をしたいね」とか
夫婦2人の理想の生活や夢を語るようになりました。

そして、夫婦2人の理想や夢を叶えるために
勉強嫌いだった主人も株やお金の勉強を始め、今では楽しんで勉強しています。

気がつけば、いつの間にかギクシャクした険悪な雰囲気はなくなり
とても幸せな毎日です。

現在は私に起業をするきっかけを与えてくださった方の
コミュニティーにて所属して、
ビジネスを学べば
夫婦で夢を叶えることができる
ということを
一人でも多くの女性に伝えたくて情報発信をしています。

会社から推奨されている、
某国家資格は5回も落ちたくらい、
勉強嫌いな私ですが、
今は本当に学ぶこと、
発信することが楽しくて仕方ありません。

これからの夢

モテない学生生活→激務OL→婚活迷走→結婚→仕事
と家庭の両立に苦しむ→夫婦喧嘩ばかりと
私の人生はどこにでもいる普通なOLだったということが
お分かりいただけたかと思います。

ただし、ひとつ違うのは、仕事と家庭の両立に苦しみ、
そこで我慢し続けるのではなく、
働き方を変えようとしたことです。

正直なところ、激務OL時代や婚活迷走中、結婚する前に、
会社員以外の働き方を知っていたら。

そしてその時に働き方を変えれていれば、
こんなにも傷ついたり、
身体がボロボロになるまで働かなくても良い人生になったかもしれません。
そう思うと本当に悔しいです。

けれども、今悔しいと思っても、時間は戻りません。


だからこそ、これからはかつての私のように働き方は一つじゃないよ、
とかビジネスを学ぶこと理想の未来を叶えることができるよということを
本気で伝えていきたいと思います。

もし、あなたがわたしの物語や言葉に共感をしていただけるとしたら、
これからぜひブログやメルマガを楽しんで頂ければ、
本当に嬉しく思います。

さいごに・・・

長い長いプロフィールを読んで頂き、
ほんとうにありがとうございます!

感想やメッセージをいただけると更新の励みになりますので
ぜひ各記事のコメントや、
わたしからお送りする無料メルマガへの返信、
ツイッターDMなどで何か一言でも送っていただけると嬉しいです。

心を込めて、返信をさせていただきます。

PS.

ちなみに・・・
何の資格もなくどこにでもいる普通のOLがどうやってビジネスを学んだのか、
は残念ながら今回書ききれなかったので、
代わりに無料メルマガにて詳しくお話しすることにしました。
個人がビジネスをする最も安全な方法や
日常生活からビジネス視点で物事を見れる方法など
ブログには書いていない裏話も満載でお届けしていますので、
もし興味があったらこちらから登録して読んでみてください。

アラサー事務OLが夫と人生を楽しむために働き方を変えた方法をPDFにて無料で公開中


私は大好きな夫と結婚し、夫婦共働きで頑張って働いていましたが、時間もお金も余裕がなく、いつも疲れ、主人に八つ当たりをし、ギクシャクしていました。
しかし、一通のメルマガにてビジネスを始めたら、未来に希望がもてるようになり、主人と理想の生活や夢を語るようになりました

共通の夢ができたことにより、夫婦の話題も増え、幸せな毎日です。

>>詳しいプロフィールを見てみる

「夫と幸せな生活をするために結婚したのに、今の生活は本当に幸せ?」
と疑問を抱くようになりました。

そんなときに、

普通の事務OLだった方が夫婦で起業をしている記事を見つけ
その方法に驚きました。

その方法はインターネットを使って商品を販売する方法=ネットビジネスでした。

この方法であれば、

収入に上限がなく、
時間も場所も自由に選び
やりがいを感じながらも働ける

ことを知りました。

この働き方について、昔の私のような人に届けたくて
無料メールマガジンで伝えていくことにしました。

今だけメルマガ登録のお礼に無料特典をお送りしていますので
ぜひこちらから受け取ってみてください。

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